平成12年10月14日

 そろそろ『紅葉』のたよりが、届けられる季節となりました。モミジやナナカマドは真っ赤に染まり、イチョウやダケカンバ等は鮮やかな黄色に紅葉し、見る人の心を楽しませてくれます。
 過日、近くのレコード店で『葉っぱのフレディ』-いのちの旅-というCDを買い求めました。これはレオ・バスカーリアというアメリカの哲学者が書いた絵本を、宮内庁で宮中雅楽を基礎から学んだ新進気鋭の音楽家、東儀秀樹の音楽をバックに、森繁久弥が朗読するというもので、かつてベスト・セラーになった作品です。
 内容は、一枚の葉っぱ『フレディ』が春生まれ、そして冬散っていくまでの間を、生老病死する人間の一生に当てはめ、擬人化して描いた物語りです。



◆それぞれの人生

 春、大きな木の梢の枝に生まれた葉っぱたちが、夏、楽しく、生き生きと暮らし、そして秋になると、友達の葉っぱアルフレッドは、濃い黄色に紅葉し、同じく葉っぱのベンは、明るい黄色に、女の子の葉っぱクレアは、燃えるような赤に、親友のダニエルは、深い紫色に、そして葉っぱのフレディは、赤と青と金色の三色に見事に紅葉するのでした。
 『同じ木の、同じ枝に、どれもいっしょに生まれた同じ葉っぱなのに、どうしてちがう色になるのか』不思議に思ったフレディは、物知りで親友の葉っぱ、ダニエルに、その理由を尋ねたのでした。するとダニエルは『我々は何一つ同じ経験はないんだ。だから紅葉する時も、皆ちがう色に変化をするんだよ』と教えるのでした。

 我々人間も、みんな同じように見えても、だれ一人として同じ経験をすることなく、それぞれの人生を歩み、その生き方によって、それぞれの『人格』という花を咲かせるのでした。



◆永遠のいのち

 いよいよ木の枝から離れ、散っていかなければならない冬になりました。それは死を意味します。死を迎える事は、誰でもが寂しく、心細く、辛く、そしてこの世に生を受けた以上どうしても避けられないことなんです。友達の中には冷たい風にさからって、しがみついている葉っぱもあります。又逆にあっさりと離れていく葉っぱもあります。そして次から次へと友達は、枝から離れ、フレディひとりが枝の梢に残されてしまいました。
 ある雪の朝、とうとうフレディは迎えに来た風にのって、枝を離れて、しばらく空中に舞って、そっと地面におり、目を閉じ、ねむりに入ったのでした。
 私が作者をニクイなと思ったのは、フレディが枝から離れた時、はじめてフレディに、フレディを育んで来た、大きな木の全体の姿を見せるところなんです。今まで自分の事しか考えられなかったフレディに、いのちの全体を見せるのです。そして自分を育んで来た大きな木を見たフレティに『[いのち]とは永遠に生きているのだ』ということに気付かさせるのでした。
 我々は『私という個人』を超える事が中々出来ません。我々は葉っぱのフレディと同じように、普段の生活では、自分の事しか考えられないからです。我々が『個人』という有限な、限りのある世界に身を置くうちは、いのちの全体を『永遠のいのち』と見る事が出来ないようです。
 フレディは、枝から離れ、しばらく空中に舞った時、始めて自分を支え、育んでいた大木の存在を知り、その全体を見る事が出来たのでした。
 そして最後に、作者は次のように締めくくっています。
『冬が終わると春が来て、雪がとけ水になり、枯れ葉のフレディは、その水にまじり、土に溶けこんで、木を育てる力になるのです。[いのち]は土や根や木の中の、目には見えないところで、新しい葉っぱを生み出そうと、準備をしています。大自然の設計図は、寸分の狂いもなく[いのち]を変化させつづけているのです』と、
 『葉っぱのフレディ』を聴いていて何か仏教的なものを感じ、作者のレオ・バスカーリアの経歴をみると『彼は、最初カトリック教徒として、すべてを包み込む神の存在を肯定していました。しかし何時しか自然の中に大原理の『道』があるとする東洋思想にひかれて行ったようです。それは1960年代に東南アジアを旅して、その際日本にも立ち寄り、参禅した経験があったからと思われます』とあり、すごく納得させられたのでした。



◆坐禪は仏祖の行なり

 なぜなら、坐禪は手を組み、足を組み、口を真一文字に結んで、私という個人の修行を一切放棄し、仏におまかせした姿であり、個人を超えた修行であるからです。個人を超えた修行の事を『宇宙いっぱいの修行』とか『天地いっぱいのいのち』等と表現しています。
 ちょうど私を、胡瓜(キュウリ)にたとえれば、私という胡瓜は、たった一本でこの世に生まれて来た訳ではなく、長い蔓(ツル)でつながった全体の一部分として生まれて来ました。もし私という一本の胡瓜が、他の胡瓜と生存競争をしたとしても、あまり意味がないようです。
 なぜなら私という一本の胡瓜が生きるには、蔓(ツル)によって他の胡瓜とつながり、又『へその緒』のような『根』によって、大地としっかり一つに結ばれて、始めて生きることが出来るのでした。
 しかも我々が知る知らないに関わらず、我々は、私という『限りあるいのち』を生きていると同時に『全体のいのち』を生きているのであり、又『全体のいのち』は私という『限りあるいのち』を通して、自己表現をしているのでした。
 そして又坐禪も、この『限りある私の身体』を使って『全体のいのち』を行じていることになるのです。
 ところが我々は、私という個人の生存にばかり気を取られて仕舞い、いのちの全体を『永遠のいのち』として見つめる事が中々出来ません。
 ですからこの坐禪さえも、個人の欲望を満足させる手段にしてしまいます。そこで道元禅師は『坐禪は三界の法にあらず、仏祖の法なり』と、この坐禪は、個人の欲望を満足させる『三界の法』つまり『世間の法』等ではなく『仏』つまり『永遠のいのち』を修行をするというので『仏祖の法』であると教えられます。
 『世間の法』とは、たとえば『坐禪をすれば肝が坐り、ちょっとした事でも驚かなくなる』とか『精神統一が出来て、仕事の能率が上がる』とか『坐禪では、腹式呼吸をするから内臓が活性化され、健康になる』等、私個人の修行をする事です。勿論坐禪には色々な効能があり、それを目的としてする時もあるでしょう。しかしそのような効能や副作用ばかりでなく、道元禅師の教える坐禪の一番の素晴らしさは『私という個人を超え、永遠のいのちである仏を修行する』ことだったのです。


雨やどり



『葉っぱのフレディに寄せて』抜文

湯川れい子著

 死を人生の敗北、生命の完全な終焉と考えるようになった20世紀末、テクノロジーの発達と医学の進歩、そして物質文明を是とした人類の指針は、ついに臓器移植と遺伝子操作という、いわば『神の領域』にまで踏み込んで、21世紀を迎えようとしています。
 それが科学と文明の進歩であることは間違いないとしても、置いてきぼりをくわされて、孤独のうちに呻吟するヒトの心は、どこに、どう向かっていったらいいのでしょうか。
 充足と誇りと納得のうちに自分のたった一度の人生を終りたい、と望むのは、私ひとりではないはずです。生きることにはこんなに成功した、と自負していても、どういうやすらぎの拠点を持って、どこでどう死んでいったら満足できるのか、忙しく追いまくられる日々の中で、ふと立ち止まった一瞬に、心の中を吹き抜けていく冷たい風のような不安を感じるのです。
 職場の安定も、国の先行きも、地球の行く末さえも不透明で見えにくい今、時間と仕事に追いまくられるサラリーマンや、定年間近な人々にとっての不安は、きっと私以上に強いことでしょう。
 そんな世の中だからこそ、オウムや前世捜しなど、「あの世」や「魂」の救済を求めて走る人々もいるけれど、一歩間違えば自我と自己満足、思い込みの地獄が待っているだけだという気がします。
 どんなに料学が発達したように見えても、生命はもとより、私たちを生かしてくれている地上の空気ひとつ、砂漠を満たす地下水ひとつ自分の力では創れない人間であることを、まず自覚する必要があるのではないでしょうか。
 そして、いつも変わらぬ濃度で空気を拡散し、必要な酸素を与えてくれている大自然大宇宙の完璧なシステムに気がついたとき、私たちは「生かされて在る」ことの本当の意味に、初めて心の底から感動し、感謝するのではないかと思うのです。
 それは、人間ひとりひとりのちっぽけな輪廻転生などでは計れない壮大な生命の循環であり、永遠のいのちのつながりであり、魂のふるさとでもあります。
 いつか自分の肉体という穀を脱ぎ捨てる時がきても、私たちは次の生命の中に、大地や水や雲やアリンコやオーロラや木々の中に、永遠に生さ続けていくのだし、三次元や四次元の世界では見えてこない、パラレルな「意識」としてのエネルギーの世界も、そこにはあるかも知れないと思っています。
「葉っぱのフレディ」は、そんな宮沢賢治の思想にも通じる宇宙観と、生命観を持った、素晴らしい本です。

・・・・(後略)・・・・



◆あとがき◆

▼今まで、永平寺や、大学時代等を合わせると20数回の引越しをしました。中でも永平寺での引越は簡単でした。なにしろ自分の荷物は、身の回りの品を詰めた柳行李が一つだけ。永平寺には約20の修行する寮舎があり、一つの寮舎には短くて三カ月、長くて半年もすると『転役』と言って次の寮舎へ移ります。次の寮舎が決まると、サッサと荷物を柳行李に詰め、肩に担いで移動。移った寮舎の人達に三拝して『転役よろしゆう!』と言えば、それでお終い。まことに簡単なものでした。しかし永平寺を下りて、所帯を持ってからの引越しは、大変。引越する度に荷物が増え、そして引越の度に子供の数も増えて行きました。庫裡の二階は本来子供部屋として作って貰ったのですが、私の書籍で、ほとんどを占拠し、その重みで下の障子の開け閉めが出来なくなる始末、そして子供からも『二階は僕達の部屋なのに、どうしてお父さんが使っているの?子供部屋がない家はあまりないよ』等と言われるので、仕方なく駐車場を書庫として改造し、荷物を引越しました。昔は少なかったのに、年とともに増える荷物の量、もしかすると荷物が増えた分、悩みも増えて行くのかもしれません。

(平成12年)盆前に引越しを終えて

今回は (つい)住処(すみか)ぞ 百日紅(さるすべり)




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