平成12年11月20日

 私の好きな仏教者に、福井市にお住まいだった医師、故米沢英雄先生がいます。私も数年間、同じ福井県にある大本山永平寺に居たので、お会いする機会もあったはずなのですが、とうとう生前に、先生とお会いするご縁がありませんでした。何故なら、米沢英雄先生は浄土真宗の教えを頂いた方で、私が先生の存在を知ったのは永平寺を下りたズ〜ツと後のことだったからなんです。しかし先生にはたくさんの著作集があり、私は本を通して先生の教えを頂きました。



◆モナリザと水墨画

 その中に、レオナルド・ダ・ビンチの『モナリザの微笑』と、東洋の『水墨画』を比較した次のような話がありました。『モナリザの微笑』には、皆さん良く御存知のように、中央に美しい女性モナリザが、ドンと配置され、その回りに中世イタリアの自然や、田畑の風景がホンの少し、オシルシ程度に描かれています。それに対して東洋の『水墨画』には、雲をいだいた高い山々や、霞(かすみ)のかかった湖等の大自然の風景の中に、鍬(クワ)や鋤(スキ)を担いだ一人の農夫が、虫メガネで見なければわからない程小さく描かれ、或いは湖に浮べた小さな船に、釣り人が、ホンのオシルシ程度に描かれています。ですからモナリザが、人間を中心に描かれているのに対し、水墨画は自然を中心に描かれているのでした。『西洋哲学の流れが、モナリザのように人間を中心にした教えであるのに対し、水墨画のように人間は、大自然の中に生かされた存在だというのが、仏教を中心とした東洋の教えである』というのが先生のお話しだったと記憶しています。
 ですから我々の先祖も大自然に対し、畏敬の念を持ち、その恵みに心から感謝をし、水墨画のように慎ましやかに生きて来ました。しかし明治以降、特に戦後は西洋の近代自然科学の[自然は人間に利用される為にある]という人間中心の教えを取り入れ、ガムシャラに近代化の道を突き進んで来ました。勿論、我々の生活は昔に比べ実に快適に、便利になりました。私もそれを享受し、物質文明の恩恵に浸った生活をしている一人であり、決してすべてを否定するものではありません。しかし我々があまりにも快適さを追求しすぎて、この大自然や、本当に大切な物を破壊し、失って仕舞いました。



◆自然科学も人文科学も

 道元禅師は『自己をはこびて万法を修証するを迷いとす、万法すすみて自己を修証するはさとりなり』(正法眼蔵現成公按巻)と教えます。その表相的な意味は、利害損得という『人間のものさし』で、我々を取り巻く環境、大自然をはからい、生きようとする生き方は、迷いの生き方であり、逆に大自然の方から、このちっぽけな人間を見つめて行く生き方が、お悟りの生き方であるというのです。
 自分を取り巻く自然環境や、物質を分析し、研究する学問を『自然料学』といい、又自分を取り巻く人間関係や、思想・哲学・あるいは宗教さえも分析し研究する学問を『人文科学』といいます。そのように今日、人間中心にしてあらゆる対象を分析し、科学する事ばかりで、大自然の方から、このちっぽけな人間である自分を見つめる事(仏教でいう修行の事)などあまり教えて来ませんでした。そこに現代を生きる我々の弱点があり、最近様々な形で起こる事件や問題の病巣があるような気がします。



◆遍界一覧亭

 宇宙飛行士が宇宙からこの地球を見ると人生観が変わって仕舞うと言っていました。同じように道元禅師の勧める坐禅も宇宙からこの地球を眺めるように、坐禅によって一時も止まる事のない我々の色々な思いを確認し、見つめる行なのです。ですから我々は坐禅をする道場の事を『遍界一覧亭(ヘンガイイチランテイ)』とも呼んでいます。それは坐禅中に『取り止めもなく次から次へと、沸き起こって来る思いを一望するところ』という意味なんです。『取り止めもなく次から次へと、沸き起こって来る思いを一望する』事を道元禅師の言葉では『箇の不思量底を思量する』と言います。取り止めもなく沸き起こって来るこの思い(箇の不思量底)を自分のしっかりとした意志で、確認し、見つめる(思量する)という事です。
 現代社会はストレスの時代だと言われています。それは自己中心的な人達の集まりで、お互いチョッとした事でも火花を散らし、ストレスを溜め、我々はすぐにでもノイローゼになって仕舞います。
 ですからこれは坐禅ばかりの話しではありません。たとえば日常生活の中で、とても腹だたしい事があって心の中に怒りの思いが涌いて来たなら、まずその怒ってる自分を素直に受け止め『今、私は非常に怒っている』と自分の思いを確認するのです。自分の怒りを確認する事によって、その怒りが徐々にコントロールされ、解消されて行きます。そうすれば一時の怒り等にあまり振り回される事もなくなるはずです。

米沢英雄‥‥明治42年福井市に生まれ、開業医のかたわら、深く浄土真宗に帰依する。米沢英雄全集全8巻、補巻3巻(柏樹社)などの著書がある。




◆あとがき◆

▼山梨県塩山市にある臨済宗妙心寺派の名刹恵林寺(えりんじ)へ研修会の旅行でお参り致しました。そこは戦国時代の武将武田信玄の菩提寺であり、又信玄亡き後、攻める織田信長軍の兵火に包まれた山門楼上で、時の住職快川和尚が『安禅必ずしも山水をもちいず、心頭戚却すれば火も自ずから涼し』と言い残し、泰然自若として火定したというので有名なお寺です。『坐禪は山紫水明の静かな所でやるばかりでなく、己の心や思いを滅却すれば、燃え盛る火の中も涼しい』これが後人の作り話であれば良いのですが、もし快川和尚が言ったとしたら、後世の人達を迷わせる罪な言葉を、残されたものだと思います。




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