昭和62年7月1日発行『草だより』

 「あなたは幽霊を見たことがありますか?。』私の知り合いに、幽霊を見たという人かあります。たいがいの方なら、子供の頃の思い出に一つや二つ恐い体験をお持ちのようです。”恐いお話し”そういえば日本古来の怪談物にもありました。おどろおどろした不気味な気配、何やら風か雨音のようでもある。とおぞましくも現わる、そんなふうな具合でありました、こうしてみると、幽霊というのはどうやら、おぼろげて、うつろな、というのが好都合であり。ハッキリ・クッキリとした真昼の幽霊などというのは、どうもお話しにはならないようです。まあ何はともあれ、日本に伝わるそうしたお話しは風情があり、なつかしい思いが致します。寝苦しい夏の夜、幽霊氏に登場を願うのも、夏ならではのおあつらえといった気がいたします。そういう情緒のある幽霊氏は大いに結構なのですが、ここに、どう対処してみても立ち打ちのならぬ誠に困った幽霊がおります。



◆あるがままのこころ

 道元禅師(注1)様は正法眼蔵(注2)という書物に、『諸法の佛法なる時節、すなわち迷あり、悟りあり、生あり、死あり、諸佛あり、衆生あり。』と述べられております。
 この意味は我々が生きて行く上においては、生あり、死あり、又、迷う道もあれば、悟ることもある。佛様のような時もあると思えば、凡俗の直中(ただなか)というような時もある。そうした人間本来の本質を、あるがままに素直に受けとめるという、坐禅の根本の姿を述べられたものです。しかし我々は、生まれてからこのかた、心ならずも物事の道理を相対的に比較してみるという作業を習慣として、あるがままの実体をそのまま素直に、おしいただくということが出来ません。その都度に、損・得、あるいは好き嫌いといった感情に流されてしまうのでした。



◆足るということ

 お釈迦様(注3)の教えに、
 「知足の法は即ち是れ富楽安穏(ふらくあんのん)の処なり、知足の人は地上に()すと(いえど)(なお)安楽なりと、不知足の者は天堂に処すと雖も、(せき)意に(かな)わず、不知足の者は富めりと雖も、(しか)も貧し、知足の人は貧しと雖も、而も富めり。」(仏道教経)という言葉があります。
 この世には、財産はいっぱいあるにもかかわらず、貧しいという人が沢山います。たとえば、親の残した財産が為に骨肉の争いを余儀なくされる例。又、生きたお金の使い道を知らないばかりに、一生を棒にふるといったようなこと。これは物質的には富めりといえど、貧しい生き方といえましょう。それとは逆に、物質的には貧しい境遇でも満ち足りているという人もいます。私は善人であるという大胆な人もあれば、私は悪いことばかりしているという謙虚な心によって信心決定した親鸞聖人(注4)のようなお方もおられ、人の世はさまざまです。地蔵さん(注5)のように、人のいやがる地獄へ赴き、そこを安住の地となされた方もおられるのです。



◆草の露(くさのつゆ)

 富というも、しょせんは比較の上のこと、それ以上の存在の元では貧ともなり、悟りといえど同じこと、それに縛られ、それによって拘束されたら一蹴の元"迷い"ともなってしまいます。そうしてみると我々が作り上げてきた、美・醜、損・得、なるものは、いわば夜明けとともに霧消してしまう草上の露のような、むなしい存在にすぎないのでないでしょうか。
 『一切の業障界はみな妄想(もうぞう)より生ず、もし人、懺悔(さんげ)せんと欲せば端坐して実相を思え、衆罪は草露の如く慧日能く消除す。』(注6)(華厳経)(注7)
 ここでいう罪(衆罪)とは、すべてのことを比較せねばおかないといったとらわれの執着心であり、そこにいるかぎり、我々は永遠にものごとをあきらかにすることは出来ないでしょう。一方で追いかけ、一方では逃げるといったことを繰り返すのみです。しかしそこに智慧の光をあてることによって、我々の作り上げた価値観の世界など、草上の露のごとく、消え去ってしまうというのです。



◆すずしかりけり

 人間であり、生ある限り「無明」(注8)である!とは知りつつ、むなしくも富なるものを願い悦楽を享受し続ける。それは、まさに、夏の夜の眠られぬ風景そのものであり幽霊の現われる好時節なのです。『迷い』や『貧しさ』という幽霊が出てきたら、これを厭わず、逃げずに、又、もっと恐しい『悟り』『豊かさ』という幽霊が出てきたら、追うことなく、貧らず、あるがままを素直に受けとめたいものです。
 「波の音、きくのがいやさに山住い、声色かえる松風の音」
 己が自身で作り上げた幽霊に、いたずらに惑うことなく、幽霊をまさに、夏の夜の風物詩として味わう程の心の余裕を持ちたいものてす。
 さあ、ここらで一息ついて、冷えたビールでも飲もうではありませんか、夏とはいえどすずしかりけり。


※注(1) 道元禅師(1,200年〜1,253年)

 今から約770年ほど前、宋の国(現在の中国)の天童如浄禅師のもとで、大悟(我々の本来のありよう、生きるべき方向を決定したという事)され、日本へその佛法を伝えられた。後年、たった一人てあっても、佛法の跡継ぎ(あとつぎ)になる人を作ろうと、福井県の山奥に永平寺を開かれる。


※注(2) 正法眼蔵(95巻)

 道元禅師の著された書物で95巻よりなる。我々の本来の姿、生きるべき方向を95通りの方向から説かれたもの、この文章は、現成公按の巻の冒頭のものです。


※注(3) お釈迦様(紀元前463年頃〜383年頃)

 今から2,500年ほど前、インド釈迦族の国王である浄飯王の長子として生れる。29才の時、皇太子の位を捨て出家求道の旅に出て、苦行に励んだが満足せず、独りみずから菩提樹の下で坐禅することによって、世界・人生の真理を悟り、人生問題を解決して仏となった。仏道教経は、お釈迦様がなくなられる時、弟子達に「なにをよりどころとして生きるか」を教えられたもの。


※注(4) 親鸞聖人(1173年〜1262年)

 道元禅師とあい前後する鎌倉時代の高僧、その『歎異抄』の中で「煩悩具足のわれらは、いづれの行にても、生死をはなるることあるべからざる」と述べている。煩悩ばかりの我々は、どんなに修行しても、迷いを解脱することはできない、と教えている。


※注(5) 地蔵さん →→ 地蔵十王絵図

 この世の中に迷える人がいるかぎり、私は悟らないという誓願を起し、自ら地獄へ赴き、そこに苦しむ人々を救うという菩薩さまである。又これは、我々仏教徒の生きるべき理想像を表現したものです。


※注(6) 懺悔 →→ 略布薩(菩薩懺悔式)

 仏教では『ざんげ』と濁って読まず『さんげ』と読みます。あやまちを自ら追悔して、他に発露する事。


※注(7) 華厳経(60巻本・80巻本・40巻本)

 般若経などとともに、初期大乗経典の代表的なもの、お釈迦様のさとりの内容・縁起の法を説いたもの。


※注(8) 無明

 煩悩によって本性がおおわれてしまって、事理に暗いこと。


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