幸せが中々見つからないという人へ


平静15年12月21日号

 よく子供達と手鞠をして遊んだ越後の良寛さんはとても純朴なお坊さんでした。その良寛さんに次のような逸話が残されています。
 ある人から良寛さんは「お金を拾うと、とても嬉しいものだ」と教えられた事がありました。
 それを聞いてまもなくの頃、良寛さんはある家の法事に参列し、少しばかりのお布施を頂戴しました。その帰り道に、良寛さんはフッと「お金を拾うと嬉しい」という話を思い出し、本当にあの人が言ったように「お金を拾うと嬉しい」のかと、試してみたくなったのでした。
 そこで、いま貰ったばかりのお金を道に捨てゝは、自分で拾ってみました。走りながら、何度も何度もやってみましたが、ちっとも嬉しくありません。「こんなはずはない」と思って、なおもやっているうちに、知り合いの人がやって来て、理由を聞かれたので、「道に落ちているお金を拾うと、人はもうけたと喜んでいるので、私も試しにやっているのだが、少しも嬉しくない」と、憮然として答えました。
 その人が去ってから、なおもやっていると、そのうちにお金が転々と転がって草むらに入って見えなくなって仕舞いました。
 良寛さんは、ずいぶん探しましたが見つかりません。せっかく頂戴したお布施をなくしたとあっては、その好意に対して申し訳ないと思い、泣きべそをかきながら、一生懸命になって探し、やっと見つけました。それを拾った時、はじめて良寛さんは嬉しくなり、「やっぱり人は嘘を付かなかった」と、安心したというのです。良寛さんの純粋さが表現されていて、とても好きな逸話です。
 皆さんはこの逸話を稚拙で、馬鹿げた話だと思われるかもしれません。しかしこの中に出てきた「お金」を、「幸せ」や「心の安らぎ」「健康」「悟り」等に置き換えて見て下さい。チャンと宗教や仏法の話になって来るから不思議です。



 今年の9月の下旬から12月中旬まで、私どもの子供が病気に罹り、近くの総合病院にお世話になりまし た。約3カ月間、私と家内が交代で子供に付き添う辛い日々が続きましたが、多くの人から頂いた温かい励ましや、癒しの言葉に支えられ、どうにかこの3カ月をやり過ごす事が出来ました。
 『苦しみが永遠に続く事は地獄だ』とある仏教者が言ったように、我々も最初は先が見えない辛く苦しい地獄のような日々でした。地獄の中に「無間地獄」というのがあるそうですが、そこでは少しも休む間が無いので「無間」と呼ばれ、苦しみが永遠に続く地獄の事だそうです。期間限定であれば我々も何とか耐える 事が出来、そして暗闇の中に少しでも明かりが見えてくれば、救われるのですが……、



 敗戦で、外地から引き揚げた人が「地獄のように辛い戦争が終わって無事に帰国出来、家族が一緒に、一 つ屋根の下で寝れる事が一番の幸せだ」と言っていた言葉を、今回の私達の体験と重ね合わせ、深く受け止 めています。
 我々はいつも「幸せ」を探し求め右往左往をしていますが、その「幸せ」が中々見つからないのが実状な んです。「仏教は気付きの宗教だ」と思います。ですから我々の「幸せ」探しは良寛さんの逸話のように、 本当は元々自分の身近にあったんだと、気が付く事なのかもしれません。今回子供が入院し『「幸せ」は遠 くに求めるものでなく、我々の身近にあったんだと気付く事が大切だ』と教えられました。


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