平成17年8月10日

 今年もお盆の季節がやって来ました。各家ではお盆になるとご先祖様の精霊をお盆棚にお迎えし、御供養致します。今は亡き父母やご先祖様をお迎えし、どのように御供養しようかと、心を寄せ合う所にお盆の重要な意義があります。ですから精霊をお迎えするお盆棚にはお花、お灯明、お膳、お水、お茶等いつもお仏壇にお供えしているもの以外にも「山野海ノ珍_(チンシュウ)」と言って、山や野、海で収穫出来る最高の御馳走もお供え致します。


 ある時、私は知り合いの人から訊ねられました。
『仏様へ、お膳やお茶、お水、御馳走をお供えしているのですが、仏様は少しも召し上がって呉れません。お供えしても意味が無いのではないかと、最近疑問に思うのですが、和尚さんはどう思われますか?』と、
 これは誰もが疑問に思う事かもしれません。確かに仏様はお膳の御馳走に少しも口をつけてくれませんし、お茶も飲まれた形跡がありません。私もお饅頭(マンジュウ)をお供えし、お下げするのをすっかり忘れ、お饅頭を干からびさせて仕舞った事がありました。その時、仏様が召し上がってくれればと仏様を恨めしく思い、罰当たりな事を考えた事もありました。だからと言って仏様は、お饅頭をお下げしなかった私を、決してお叱りにはなりませんでした。  眼に見える事のみを信じ、物質文明にすっかり毒された我々には、供えた物が減らなければ、仏様が御供養を受けて下さらないのではないか、供養する意味が本当にあるのかと疑問に思うのは当然の事なのかもしれません。


 大本山総持寺をお開きになった瑩山禅師が、後醍醐天皇の仏の教えに関する十種類の御質問に対し、奉答された『十種疑滞(ジュウシュノギタイ)』という書物があります。その第八番目に次のような問答があります。
『教の内には、ことごとく功徳を以って行となす。人みな父母のために、霊供を供え、茶湯を献ずれども、消えず、費えず。朕また疑滞あり。』と
つまり我々と同じように後醍醐天皇も御霊膳や茶湯を供えても一向に食べて貰えず、消える事も減る事もないと疑問に思われたのです。それに対して我が瑩山禅師は次の様にお答えになります。
『壁を隔てて花の香りが親しく感じられ、花の香りが部屋いっぱいに満ち溢れていても花の雌蕊や雄蕊の花の髄は少しも損なわれる事がありません。又花の香りを臭ぐ鼻孔にも跡形を残しません。真心が通じるというのはこのようなものです。もし供物が無くなるのであれば、それはお化けの仕業であり、取引の供養だと言わなければなりません。本当の供養とは、そのように限りあるものでなく無限なものです。ですから供養を受けても決して減る事がありません』と、


 日本には昔から「陰膳(カゲゼン)」を供える習慣がありました。「陰膳」とは、旅などに出た人の無事や安全を祈って、留守宅でもあたかもその人がそこに同席しているように食膳を供える習慣の事ですが、本来の「陰膳」は今は亡き父母やご先祖様の為に食事をお供えして、家族と一緒に食事をする事なのです。
 「陰(カゲ)」とは我々の眼に見えない物事です。ですから「おかげさま」とは眼には見えないが、我々を支えてくれている事に対する感謝の言葉です。私が今あるのは父母を初めとするご先祖様の「お蔭」なのです。「陰膳」とは今は亡き父母やご先祖様への感謝の気持ちを、供養の真心として食べて頂く事なのです。
 民衆救済に生涯をささげ、大仏建立に絶大な貢献をし、人々から「菩薩」と讃えられた行基菩薩の歌に、
「ほろほろと鳴く山鳥の声聞けば 父かとぞ思ひ 母かとぞ思う」というのがあります。遠く人里から離れた山の中で、ほろほろと鳴く山鳥の声を、我が父の声だと感じ、また愛しい母の声だと、行基菩薩の聞き入っている姿が心に浮かんで参ります。我々も行基菩薩と同じように父や母、ご先祖様の「陰」を感じ、魂を通わせる事があります。


 昨年の夏の出来事です。それは知り合いの奥さんが五十歳という若さで亡くなられ、都内の霊園において四十九日忌供養と納骨の読経をしている時でした。突然の驟雨(ニワカアメ)に襲われ、お読経を中断し、近くの木陰へと暫く避難する事にしたのです。全員が避難したと思ったのですが、故人の長男で、中学一年のK君が、少し遅れて避難して来ました。雨でビショ濡れの学生服の中に、彼は何かを抱えています。良く見ると母さんの位牌が雨に濡れないように両手でしっかりと抱いていたのでした。すべての物を墓前に置いたまま、我さきへと木陰へ逃げて仕舞った我々は、少し恥ずかしくなりました。
 亡くなったお母さんは、このK君の将来の事が一番気がかりだったと言います。結婚してやっと授かった一人っ子のK君です。先立って逝くお母さんの気持ちが痛いほどわかります。しかし私はその時、雨に濡れぬようにと位牌をしっかりと胸に抱いたK君の心の中に、チャンとお母さんが生きているんだと確信したのでした。雨の上がった墓前で、鳴き出したクマゼミに負けじと、私も一生懸命に読経し『どんなに苦しい時でも、心の中のお母さんに支えられ、K君が成長して行ってくれるように!』と心から祈ったのでした。  江戸時代の禅者、天桂禅師は「世書にも、死せる人も生けるが如く祭れと教ゆ、況んや仏法中には本より死活の隔別なし、生死を隔つと思うは、凡夫愚人の妄分別なり」と教えています。
 供養とは見えない物へ感謝する心です。凶悪事件が頻発する現代社会の閉塞状態を抜け出すには、見えないものへ感謝する心を育てる事がとても重要だと思います。


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