平成10年9月28日号

 今回の『ぼさつ道』は9月20日の『お彼岸の入り』に、本堂奥の位牌堂に新しく安置される位牌の点眼(-開眼-)供養の時のお話をまとめたものです。このご供養は「当主の死亡により施主名を変更されたお檀家」及び「家族や縁者を亡くされ、新たに長昌寺のお檀家になられた家」の先祖代々精霊位牌を点眼するもので、今回は17軒の家を対象にして執り行われました。



◆開山袈裟掛けの松

 駐車場と本堂との間に大きなクロマツがあります。寺の言い伝えによると、このクロマツは樹齢が500年もあり、長昌寺の御開山さまが、お袈裟を掛けたというので『開山袈裟掛けの松』と言われています。平成7年12月には、足利市の教育委員会から、このクロマツは、これからも大切に保存しなければならない 樹木であるというので、市の天然記念物にも指定されました。
 長昌寺開闢開山玄甫蔵主(かいびゃくかいさんげんぽぞうしゅ)さまが文亀3年(西暦1503年)に寺を開創されて、まもなく500年という区切りの年をお迎え致します。ですからこの松は、玄甫(げんぽ)さまの時代から500年の間ずうっと長昌寺の変遷(へんせん)を見守って来たのであり、長昌寺の生き証人のような存在であります。
 昔から禅寺を開創する時には『松を植える』という習慣がありました。それには、次のような故実があります。



◆後人(のちびと)のために松を栽(う)える

 昔、臨済禅師(りんざいぜんじ)というお方が、お師匠さまのもとで修行しておられた時の事であります。そのお師匠さまのお寺は、山深い場所にあり、まわりには杉や、松等がたくさん生えておりました。ある時、若い臨済禅師は、きびしい修行の合間(あいま)、外に出て松の苗(なえ)を一所懸命植えておられたのでした。
 その様子をご覧になったお師匠さまは、臨済禅師に『この寺は、杉や松がいっぱい生えている山深い所にある。それなのに何故、お前は松を植えようとするのか?』とお尋ねになったのでした。まわりには自然と生(は)えた杉や松がたくさんあり、改めて杉や松を植える必要もないだろうというのです。私の生まれ在所も、まわりを山に囲まれておりましたので、子供の頃、風呂や、食事の焚(た)きつけが必要な時には、裏山へ行って熊手(くまで)でザッーと引っかけば、程良く枯れた雑木や、杉の葉っぱが直(す)ぐにでもザマ(籠)いっぱいになり、焚きつけには事欠きませんでした。同じようにこのお師匠さまのお寺でも風呂や、食事の焚きつけは、裏山に行けば無尽蔵(むじんぞう)にあったのでしょう。又寺の建物を普請(ふしん-新築-)しようとする時には、適当な樹木を、近くの山から切り出し、製材して使えば良いのであり、今さら植林をする必要もなく、又松を植える事自体が『人間のものさし』で見れば、無駄(むだ)な事のように思われたのでした。それに対して臨済禅師は『一つには山門のために境致と為し、二つには後人のために松を栽える』とお答えになったのでした。
 それは『一つにはお寺の美観の為に、二つ目には後の人の為に、今松を植えている』というのです。杉や松が、今は無尽蔵にあるからといって湯水(ゆみず)のように使っていけば、何時(いつ)かは切り尽くし、禿(は)げ山になって仕舞います。
 現代は『今さえ良ければそれで良く、後の事はかまわない』という刹那(せつな)的な思いが、人々の心を支配していす。たとえば熱帯雨林を切り出して売れば儲るというので、みさかいもなく伐採して仕舞い、およそ3年で日本の面積と同じ広さの熱帯雨林が消滅していると言われています。そんな禿(は)げ山が現在では世界中のいたる所にあるんです。ところが臨済禅師は、今は無駄なように思えたとしても、後の人の為に、松を植えているのだというのです。
 以来禅門では寺を開いたご開山さまが、その地に『松を植える』という伝統が生まれたといいます。ですから長昌寺の『開山袈裟掛けの松』も、ご開山さまが後の人の為に、みずからお植えになったものと想像されます。又今でも何かめでたい出来事、例えば新しい住職を迎える晋山式(しんさんしき)や、法戦式(ほっせんしき)などの時には、根松(ねまつ)といって、根の付いた小さな松を本堂等に飾り、後(あと)でそれを植樹する習慣があるんです。



◆永平寺での杉苗(すぎなえ)起こし

 北陸の雪深い山の中にある大本山永平寺には、たくさんの持ち山があり、そこには杉や、ひのきが綺麗に植林されています。檀家のない永平寺では、今でこそ観光客の拝観収入等により、何とか寺を維持(いじ)する事が出来るようになりましたが、それこそ戦前は林業の収入によって維持されていたようです。その伝統は今でもチャンと引き継がれ、修行僧の手によって杉や、ひのきの手入れがなされております。
 冬の大雪によって根元(ねもと)が大きく曲がって仕舞った杉や、ひのきの苗は、放って置くと、そのまま成長し、商品価値がなくなって仕舞います。そこで雪がとける春5月から夏の7月に掛けて、修行僧は山に入り、曲がった杉苗を縄(なわ)で引き起こしたり、ナタで余分な枝を切り落としたり、夏になれば杉の苗木よりも高く伸びた夏草を大鎌で刈ったりして手入れを致します。それが現在までズッ〜と続けられています。
 杉や、ひのきが成長し、使えるようになるまでには、約50〜60年はかかるといいますから、我々の修行時代に切り出されていた杉は、60年も前に、永平寺で修行していた先輩たちが、きびしい修行の合間(あいま)に、山に入って植林をし、手入れをし、大切に育てて来た杉だったんです。
 林業に携わっている人は、生きている間に、自分が植林をし、手入れをした樹木を、切り出す事はほとんどないといいます。ですから、今植林をしたからといって、そのまま自分たちの収入にはならないんです。 それでも彼らは自分が転げ落ちそうな急斜面の山で、或いは繁殖期(はんしょくき)の蜂(はち)に襲(おそ)われたり、時には熊に出会うかもしれない奥深い山の中で、後の人の為に、今自分の出来るつとめを一所懸命に励んで来たのでした。ですから今切り出そうとしている樹木は、そんな先祖たちの汗の結晶であり、又彼らも今、良い樹木を、後の人たちに残そうと、滴(したた)る汗を拭(ふ)きながら一所懸命、手入れをしているのでした。



◆タスキを受ける

 毎年、正月2〜3日に行われる箱根駅伝は全国放送という事もあって大変な盛り上がりを見せています。曹洞宗の僧侶(そうりょ)養成機関でもある駒沢大学では、最近駅伝にも力を入れはじめ、今年の箱根は準優勝と大変健闘を致しました。駒沢大学にいる私の甥(おい)も一区を走り、その準優勝に大きく貢献を致しました。がんばれ西田[http://www.juriaweb.com/nishida/]
 箱根駅伝は、前の選手からタスキを受け、自分のまかされた区間を、ペース配分を考えながらベストを尽くして走り、次の選手ヘタスキを渡し、そのように次から次へと10の区間でタスキをつなげ、その合計タイムを競う競技です。
 この度(たび)皆さんは一家の当主として先祖から『後は頼んだぞ!』とタスキを受け取られた訳であります。受け取った以上自分のまかされた区間を一所懸命歩(あゆ)まなければなりません。しかしこれは駅伝と違って早くタスキを渡す競技では勿論なく『人生』というまかされた区間を、如何に掘り下げて歩むかが問われているのです。 『この秋は 雨か嵐か 知らねども 今日のつとめに 田の草取るなり』という道歌があります。
 この秋は、もしかすると台風の雨や風によって、お米の収穫があまり期待出来ないかもしれない。もしそうであったとしても、私の今日のつとめとして、田んばの草取りを怠(おこた)る訳にはいかないというのです。やはり今、私に出来る事をしっかりとつとめていく事がタスキを受け取った者のつとめであると我々に教えています。



◆今のつとめが永遠を生きる事になる

 駅伝では、今の私の走りが、私という個人の枠(わく)を超えてチーム全体の走りになるように、又林業でいえば、杉の手入れをするという、たった今のつとめが未来へと続くつとめになるように、我々は今を生きていると同時に、永遠を生きている事にもなるのでした。
 先祖の存在なくして、今の私の存在はないのであり、又私という存在はそんな過去から未来へと続く永遠のいのちの一コマであります。ですから『今』だけ良ければ良いという刹那(せつな)的な生き方をやめて、大自然の中に身を置き、永遠に生きようとする時、先祖に対する深い感謝の思いが生まれるのでした。
 私も先代の住職から、タスキを引き継ぎ2年が過ぎようとしています。長昌寺が開創されて500年、その間に30人の住職が一生懸命、法灯のタスキを今日までつなげて来られたんだろうなぁと、いつもこの『袈裟掛けの松』のまわりの落ち葉を掃(は)きながら思っています。


雨やどり


人間には三つの生き方かある

▼地方の大学で教えている友人がいる。『人間には三つの生き方がある』というのが彼の持論だ。『第一は、未来に目標を定め、こつこつ努力する生き方。第二は伝統とか約束事など過去を大事にする生き方』▼しかし、いまの若者は第三の生き方、つまり『いま』にしか興味を示さない、と彼は嘆く。『未来を過去にする一瞬の過程が『いま』だ。そんなものを大事にしていたら、おいしいとか気持ちいいとかスリルとか、君たちにはそんなことしかないじやないか』そう説くのだけれど、学生たちは耳をかしてくれない。▼担当の科目とは関係ないが、彼は草や木や土や水が好きだ。いい天気や生き物が好きだ。それで、キャンパスの片隅に自分で作れる畑を確保している。その畑仕事に学生を誘うことがある。すると『いま』派の彼らが変容するのだそうだ。「あれは『いま』だけの発想では通用しない。過去に学び、未来をみるからね」▼まいた種がいつ芽を出すか。きょうも明日もあさっても水をやらねばならない。それをだれが分担するか。収穫できるのはいつか。どの時期にたべるのがおいしいか。答えのある問題しかならってこなかった学生には、畑仕事はわからないことだらけ。『それでも、うまくいくんだ。若い人たちの目がいっペんに開く』▼読んだばかりの本を思い浮かべた。フライシュマンという作家の『種をまく人』(片岡しのぶ訳、あすなろ書房)である。アメリカの都市の貧しい地区の一角に、生ゴミや古タイヤが捨てられた空き地があった。春、ベトナム人の少女がここにマメをまく。それがきっかけで、年齢も人種も境遇もさまざまな人たちが、ひとり、またひとり、勝手にいろいろな種をまく。▼やがてゴミは消え、みずみずしい菜園が出現した。みんな仲間になっていた。見ているだけの人もふくめて。

(平成10年8月13日 朝日新聞の天声人語より)



◆あとがき◆

◎八月下旬(平成10年)の栃木県北部を襲った集中豪雨で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。豪雨の続いた夜、我が家の電話のベルがけたたましく鳴って起こされました。何事かと思って出ると九州福岡の友人から『今テレビを見たがお前の所は大丈夫か』と心配して掛けてくれたお見舞いの電話でした。又何人かの友人からもお見舞いの電話を頂きました。私の方は他人事のようにのんびりと寝ていたのに、心配してくれる人が居たのかと、たまらなく有り難かったです。




このページの最初へ仏教は生き方の宗教メニューへ ぼさつ道目次