平成11年4月25日号

 これは道元禅師のお師匠様である中国の天童如浄(てんどうにょじょう)禅師の若い修行時代のお話しです。如浄様も出家したばかりの頃は一般の修行者が歩むように、仏教を学問的に学んでおられました。しかし19歳の時、何を思ったのか突然仏教の教学(きょうがく)を棄(す)て、禅門に身を投じられたといいます。何故そうなされたのかと言えば、真実の道は、知識だけではどうしても超える事が出来ないと気が付かれたのでした。そこで今までの学問一辺倒のやり方を止(や)め、サッサと実践を重んじる禅宗の寺に入門して仕舞ったのでした。



◆浄頭(ちんじゅう)の役目とは

 その禅寺での如浄様の修行ぶりは真剣であり、特に坐禪は他の修行者に比べ群を抜いておられました。
 そんなある日、如浄様はトイレ掃除の役目を務めたいと、お師匠様でもあるその寺の住職に申し出たのでした。禅宗の修行道場ではたくさんの役職、役目がありますが、その中でトイレ掃除の役を浄頭(ちんじゅう)と言います。その浄頭の役を務めたいというのです。ところがお師匠様は『もしお前が私の質問に答える事が出来れば、お前の望むトイレ掃除の役目を許可しようではないか』と言うのでした。
 トイレ掃除の役をするのに試験があるなんて、皆さん不思議にお思いになりませんか?誰もが嫌がるトイレ掃除の役目です。もし如浄様のように『私にやらせて下さい』と言う奇特(きとく)な人が居れば、我々は大喜びをし、直ぐにでもお願いをして仕舞しいます。しかしそのお師匠様は、若き如浄様がトイレ掃除の役を務められるだけの器であるか試験をするというのですから、本当に仏法の話しは面白いですね。
 そう言えば永平寺でもトイレ掃除、つまり浄頭(ちんじゅう)の役は、たくさん居る修行者の中の第一座である首座(シュソ)和尚という人が務めます。この首座和尚は、永平寺の住職に代わって説法されるほど力量がある人物なんです。ですから首座和尚は他の修行者からは『長老様(ちょうろうさま)』とも呼ばれ大変尊敬される存在なんです。その首座和尚にして、はじめてトイレ掃除、浄頭(ちんじゅう)のお役目を務める事が出来るのであり、それほど道を求める事に真摯(しんし)な人でなければ務める事が出来ないのでした。



◆汚(よご)れていないところを浄(きよ)める

 その如浄様に出されたお師匠様の質問とは『お前は汚れていない処を、いったいどのように浄めようというのかね?「浄子染汚(じょうすぜんな)せざる処(ところ)如何(いか)んか浄得(じょうとく)せん」』という一見トンチのようなものでした。『汚れている処を浄める』というのならば、我々にもわかる話しなのですが『汚れていない処を浄める』とはいったいどういう事なのでしょうか?現代では、水洗トイレ等もあって、昔に比ベ、チョット小綺靂(こぎれい)になったように感じられますが、それでもお師匠様の質問のようにトイレは『汚れていない処』とはとても思えません。ましてや皆が使用したトイレを今から掃除する訳ですから、どうして汚れていないといえましょうか?
 若き如浄様もやはり幾ら考えても『汚れていない処を、どう浄めるのか?』という質問に対して、答えが出せません。それから一年以上が過ぎたある日の事、答えに窮(きゅう)している如浄様を見かねたのか、お師匠様は『お前が、答えられないのは、古い巣から脱(ぬ)け出す事が出来ないからだ。もし脱(ぬ)け出す事が出来ればすぐ私の質問に答える事が出来るのだが「旧巣窩(きゅうか)を脱(だっ)せば、まさに便宜(べんぎ)を得べし、如何(いか)んぞ道(い)い得(え)ん」』と、何故それに答えられないのかと言えば、生まれて以後に身に付けた価値観を、古い巣のように後生大事に固守して仕舞い、それで我々は本来の自由自在な動きが出来なくなって仕舞っているのだと言うのです。
 それを聞いて益々精進努力を重ねられた如浄様はある日の事、お師匠様が何故このような質問をされたのかと、その意味がやっとわかったのでした。そして直ぐさまお師匠様の所へ行『私は汚れていない処を浄めます「忽然(こつねん)として、豁悟(かっご)して曰(いわ)く不染汚(ふぜんな)の処(ところ)を打(だ)す」と、お師匠様と同じ事を言われるのでした。
 お師匠様はそれを聞き大変喜ばれ、如浄様をお釈迦さまから代々続く仏法の正統な相続者であるとお認めになり、又その寺のトイレ掃除、つまり浄頭(ちんじゅう)の役目を務める事も許されたのでした。



◆トイレ掃除に学ぶ

 如浄様の真似(マネ)でもないのですが、私は3月のある日曜日、縁あって栃木掃除に学ぶ会『ASHIKAGA(足利)さわやか おそうじ くらぶ』の主催によるJR足利駅北口の公衆トイレの掃除のボランティァに参加したのでした。駅に着いたのが、ちょうど待ち合わせの朝の5時半、既に知り合いの世話人の人達が来ており、我々の到着を待っていて呉れました。
 トイレ掃除の手順は、一人が一個の小便器を任(まか)され、まず小さなワイヤーメッシュの布にクレンザー液を付け、黄ばんだ小便器の汚れを取り除き、又底にコビリ付いている尿の固まり(ショウ石)は、小さな鉄のバ-ルで剥(は)がして行くのでした。一時間近くも磨いていると小便器はピカピカに光輝いて来るというのです。
 さっそくバケツを片手に持ち、駅の構内にある公衆トイレに行くと、オシッコと消毒液の混じり合ったあの公衆トイレ独特の臭(にお)いと汚(よご)れに、すっかり私は怖(おじ)けずいて仕舞い、こんな『トイレ掃除に学ぶ会』等に参加するのではなかったと、正直なところ後悔したのでした。
 しかし隣りの人達の様子を見ると、彼らは何の躊躇(ためら)いもなく、手袋もせずに素手(すで)で便器をゴシゴシと洗っているではないですか、私もつられて素手(すで)で、任(まか)された小便器を磨いていると、不思議な事に今まであれほどまでにこだわっていたトイレの汚(きたな)さ、臭(くさ)さが気にならなくなっていたのでした。なるほど『汚れていない処を浄める』とはこういう事なのか、とその時教えられたのでした。



◆実践の世界へ

 我々が頭で考えているかぎり『浄い』『汚い』いう二っつの相対的な世界からどこまでも抜け出せず、行き詰まって仕舞うのでした。そして「浄と汚」ばかりではなく「苦と楽」「老と若」「貧と富」「美と醜」等の間を行ったり来たりとうろうろし、汚いにこだわったり、浄に引っ掛かったり、富にこだわったり、逆に貧に執着したりしているのでした。ですからそのような人間の相対分別のものさしでは『汚れている処を浄める、汚れているからこそ浄める』となり、どうしても道徳的な義務感が付きまとって仕舞います。特に我々には『トイレは汚れいる処』という先入観もあり、そこから抜けられません。ところが実際に身体を使ってトイレ掃除をするという実践の世界では、我々を縛りつけていた『浄い汚い』という相対的な思いは一挙に消え去り、そこにはトイレ掃除をする、只浄めるという純粋な、そして無理のない行があるだけでした。 そのような『浄い・汚い』という相対的な人間のものさしを超えた処を、お師匠様は(人間の思いで)汚れていない処と言われたのでした。
 実はこれ、トイレ掃除だけの問題ではなさそうです。父母恩重経(ふぼおんじゅうきょう)という経典に『お母さんは、我が児を育てる時に、ウンチや、オシッコでぬれたオシメの臭いや、汚れを嫌(きら)わずに洗い浄める「子、己(おのれ)の懐(ふところ)に屎(いばり)、或いはその衣(ころも)に屎(いばり)をするも、手自(てみずか)ら洗(あら)い濯(そそ)ぎて、臭穢(しゅうえ)を厭(いと)うことなし」』とあるように、世のお母さんたちは子供を育てる時に『汚れていない処を浄める』という事を皆やって来たというのです。そしてこれは又老人や寝たきりの人を介護する場合にも当然通じて来る事だと思います。



◆雨の中を行けば

 『二人(ふたり)行く一人(ひとり)は濡(ぬ)れぬ、時雨(しぐれ)かな』という川柳があります。今日(きょう)は朝から冷たい嫌な雨が降っています。しかし今日(きょう)はどうしても雨の中を出掛けなければならない用事があります。そんな時には誰でもが『オックウだなあ!』と思いますよね。
 そのように頭で考えているかぎり我々は行き詰まり『身体』も、そして『心』も雨に濡(ぬ)らして仕舞います。つまり『身体』と『心』の二人とも濡(ぬ)らして仕舞うのでした。確かに物理的にも雨の中を行けば『身体』は濡(ぬ)れましょうし、又大雨であれば『身体』全身がずぶ濡れになる事もありましょう。しかしその『身体』が濡(ぬ)れて仕舞っても、我々の『心』まで濡(ぬ)らす必要がない訳であります。ですから『心』という一人は濡(ぬ)らさないというのです。我々がその一歩を踏み出しさえすれば、行き詰まりの世界から、抜け出す事が出来ると、この川柳は教えているのでした。
 家に帰り、さっそく妻に『今日はJRの足利駅のトイレ掃除をして来たんだ』と自慢すると、妻はあっさりと『今度はうちのトイレ掃除もして下さいね!』と、恥ずかしい話、我が家のトイレ掃除は今までずっ〜と妻がして呉れていたのでした。これを機会に私もトイレ掃除の習慣が身に付けられればと思っております。


雨やどり


手や足の汚れは常に
洗えども
心の垢を
洗うもの少なし




◆あとがき◆

◎春のお彼岸の期間、本堂に寺宝の地獄十王図と地蔵さまのお軸をお祀(まつ)りし供養を致しました。このお軸は江戸末期の慶応年間に再表具したと書き残されていますから、既に江戸の中期頃より、当地において深く信仰されていたものと思われます。
 昔の親は良く子供達に『悪い事をすれば恐ろしい地獄へ行くんだぞ!』と教えました。針の山の話し、血の池の話し、ショウズカ婆さんに身ぐるみはがされる話し、赤鬼青鬼に金棒で責められる話し、嘘(うそ)をつくと鬼にこんな大きな釘ぎ抜きヤットコで舌を抜かれる等、悪い事をすれば、罪として死後にそれ相応の地獄の責め苦が必ず待っているんだぞと真剣に話して呉れました。それを聞いて、我々子供達は震えあがり『二度と悪いことはするまい、嘘(うそ)は付くまい』と少なからず思ったものです。
 しかし昨今では悲惨(ひさん)な事件が、毎日のように起こっております。子供の時代にチャンと地獄の話しを伝えておく事が「今さえよければ良いんだ」という刹那的な思いによって引き起こされる多くの悲惨(ひさん)な事件の歯止めになって呉れるのではないかと信じております。ですから私も親から聞かされた恐ろしい地獄の話しを、我が子供達にも伝えて行きたいと思います。又秋のお彼岸にこの地獄 の絵図をお祀りし、供養を致しますので、是非子供さんやお孫さんとご一緒にお参り頂けたらと念じております。

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