平成11年6月15日号
 我々は他人が見ていると、割合に自分を律する事が出来ますが、逆に誰も見ていないとなると中々自分を整え、律して行く事が難しいようです。
 それは煙草の吸殻の捨て方一つを取り上げてもよく分かる事です。私もかって煙草を吸っていた時そうだったのですが、誰か他人が見ていれば、近くの灰皿のある所まで捨てに行くものの、誰も見ていなければ、平気でポイッと道端へ捨てゝいました。そのように他人が見ているのと、見ていないのでは、我々の行動も違ってくるようです。


◆独坐大雄峰
 これは中国の唐の時代に活躍された百丈懐海禅師というとても有名な禅師様の教えです。
 その百丈禅師の教えとして、もう一つ有名なものに『一日作(な)さざれば、一日食(く)らわず』というのがあります。これと似た言葉に近代社会主義の『働かざるもの食うべからず』というのがありますが、百丈禅師のこの言葉はそれより千年以上も前に言われたんですねそして教えのニュアンスも微妙に違っているようです。
 百丈禅師の言われた『一日作さざれば、一日食らわず』というのは『今日一日、私はこの食事が頂けるだけのつとめをして来ただろうか?』と自分で自分を反省し、律していくのに対し『働かざるもの食うべからず』には、もっと深遠で難しい理論があるのかもしれませんが、私なりに解釈すれば『お前は今日一日この食事を頂くだけのつとめをして来たのか?』と他人によって律せられる、そんな他律的な感じがします。
 自ら進んで食事を抜く断食と、他人から強制的に断食をさせられるのでは、同じように見える断食でも大変な違いがあります。
 そのような教えを残された百丈禅師に、ある修行者が『我々にとって最も尊く、有り難い事は何ですか?(如何なるか是れ奇特(きとく)の事)』とお尋ねになりました。それに対して百丈禅師は『独坐大雄峰(どくざたいゆうほう)とお答えになったのでした。『今此処にたった独りで坐る事が、最も尊く、そして有り難い事なんだぞ』というほどの意味なんです。
 何百人もの修行者がいる天下の百丈禅師の修行道場です。たった独りで坐禪する事などあり得ません。必ず他の修行者と一緒に坐禪をしていた筈なんですね。ところがこの百丈禅師は『独坐大雄峰』たった独りで坐る事が最も尊い事だと教えるのでした。いったい百丈禅師はこの言葉で我々に何を教えようとしたのでしょうか?


◆自分が自分を自分する
 この長昌寺では朝の読経(おつとめ)が終了してから坐禪をしております。その坐禪に一緒に坐って下さる尊い参禅者が何人かいます。
 その朝は、坐禪が始まる5時45分になっても、誰も来られないので、今日は都合でお休みなのかなと、坐禪をしていると、昨晩のアルコールがまだ効いていたとみえ、いつの間にかウトウトと寝て仕舞ったのでした。
 そこへ遅れて来た参禅者の気配を感じ、私は背筋をグーンと伸ばし身繕ろいを始めるのでした。
 しかしこれでは他人の目を意識したパフォーマンス(Performance演技等の意味)になり、本来の坐禪ではなくなって仕舞うのでした。勿論坐禪中に居眠りをして良いという道理もありません。坐禪は居眠りでもなければ、他人の目を意識した『演技』でもないのです。
 最後の禅僧と言われた沢木興道老師(1880〜1965)は
『坐禪とは、自分が自分を自分するものだ』と折りにふれて教えておられました。ですからその時の私の坐禪は『自分が自分を自分する坐禪』とはほど遠いものになっていたようです。
 他人が見ているから背筋を伸ばし、或いは他人に自分を認めて貰いたいから坐禪をする。それでは煙草の吸殻を、誰も見ていなければ平気で道端へ捨て、誰かが見ていれば、近くの灰皿まで捨てに行ったのと同じ次元になって仕舞うのでした。


◆人里から何里あろうか山桜
 佐賀の葉隠(はがくれ)武士、山本常朝は人里(ひとざと)から遠く離れた山の中に、人知れず咲いている山桜を見て、次のような俳句を残されました。
『人里から何里あろうか山桜』
 誰に見せる為でも、又認められる為でもなく、たとえ人に知られなくても只ひたすらに咲く山桜の清楚さに、山本常朝は深く感動させられたのでした。
 そのように誰に見せる為でも、又認められる為でもなく、たとえ人に知られなくても、只ひたすらに行じる『仏のものさし』に対し、我々はいつも他人の目や、評価を意識し、他人が見ているからやるとか、他人に認められたい為に頑張るという『人間のものさし』しか持ち合わせていないようです。
 ですから我々は他人との関わり合いの中で『演技』の毎日を過ごしているのかもしれません。そんな他人の目や、評価を意識した『演技』の生活ではとても不安でいつしか疲れ果てゝ仕舞いますよね。落語の世界では全く反応がない石や岩に向かって落語が出来るようになれば一人前の『真打ち』だと言われています。
 この坐禪も又、他人の目を意識した『演技』でなく、参禅者が居ても居なくても、又隣に誰が坐ろうが、山桜のように只ひたすらに行ぜられる事が大切であり、その事が我々にとり最も安心の出来る行だったのです。ですから道元禅師は我々に普勧坐禅儀の中で『唯だこれ安楽の法門なり』と教えているのでした。
 同じように我々の人生も、他人が見ていようがいまいが、他人に認められようが、認められまいが、あまり左右されず只ひたすらに行じられる『真打ち』の人生を歩んで行きたいものですね。
 それが我々にとって最も尊く、有り難いという、百丈禅師の『独坐大雄峰』という教えだったのでした。

雨やどり
羽の水     (旧雑譬喩経第23)
===【1】===
むかし、インドのヒマラヤという山の中に、ふとい竹の林がありました。
竹の林の中には、たくさんの鳥やけだもの達が住んでいた。
みんな助けあって、なかよくくらしていました。
その中に、アーナンダというオウムが、まじっていました。
===【2】===
ある日のことだった。はげしい風がふいて、竹と竹とがすれあい、火が出た。
火は、たちまちに、あたり一面に、もえ広がり、ものすごい火事になった。
鳥やけだもの達は、すっかりあわてて逃げまどった。
すてておけばみんな、焼け死んでしまうにちがいがない。
オウムのアーナンダは、じっとしておれなかった。
すぐに、飛び立った。
===【3】===
オウムのアーナンダは、山のふもとにある池へ行ったのだった。
水に飛びこんで、羽をぬらした。
そのまま、急いで、もと来た道を引き返した。
そして、もえている火の上へ行くと、羽に残っている、わずかな水のしずくをふりかけた。
オウムのアーナンダは死にものぐるいであった。
何回となく、それをくりかえした。
目は血ばしり、息は切れ、疲れはてていたが、やめなかった。
===【4】===
そのようすを見ていたほとけさまは
『おまえの運んだ羽の水ぐらいで、この火事が消せると思っているのかね』と、やさしくオウムのアーナンダにたずねました。するとオウムのアーナンダは『消せるか消せないか 私にはわかりません。けれども、すてておけば、みんな焼け死んでしまうのだとおもうと、私はじっとしていられないのです。死ぬまでつづけるつもりです』とキッパリとお答えになりました。
===【5】===
ほとけさまは、深くうなずくと、不思議な力をあらわしました。
急に、大雨が、ザーザーと、ふり出したのでした。
火事はみるみるうちに、消えてしまいました。
-ちくま文庫 花岡大学仏典童話2)「金の羽」より-


◆あとがき◆
▼普段の私の生活ではアスファルトや、コンクリートの上を歩く事が多くて、ほとんど土の上を歩く機会がありません。今回、町内の檀家へ『ぼさつ道』を配布した折に、久しぶりに田んぼの畦道を歩きました。足が疲れていた事もあったのかも知れませんが、足全体がスッポリと包み込まれるような感じがして、とても歩き易かったです。改めて大地の優しさと安らぎに気付かされました。

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