平成17年11月27日

 年のはじめに『願い』を発(オコ)し、その『願い』を持って一年間を過ごされる事は、我々仏教徒としてとても大切な事です。特にご家族の健康と幸せを願い、子孫の繁栄を念じ、心のやすらぎを求めることは、すべての人々の願いでもあります。
 この『ダルマ祈願凧』は、住職が描いたダルマ絵を、和凧で有名な埼玉県庄和町の職人さんに依頼し、縁起物の『ダルマ凧』として創作したもので、ダルマさんの教えが、広く世界に伝わり、新しく迎えた二十一世紀が、平和で穏やかである事を祈念して、今から五年前に企画したものです。


『ダルマさん!』と、親しみを込めて呼ばれる菩提達磨(ボダイダルマ)大和尚は、今から千五百年以上も昔、インドより中国へ『禅』を伝えられたお坊さんで、どんな失敗や挫折があっても七転び八起きで必ず起き上がる縁起物の張り子のダルマとして現在では皆さんに親しまれています。
 ダルマさんの門下から、たくさんのすぐれた人材が育ち、その教えは中国本土にとどまらず、朝鮮や日本へと伝えられ、今日では全世界へと広まり、欧米で『仏教』と言えば『禅』だと思われるまでに布教発展を致しました。
 そのダルマさんの最初の弟子に慧可(エカ)という人がいます。その慧可とダルマさんとの次のような問答が今日伝えられています。


 ダルマさんが坐禅をしていると、道を求める若い修行僧の慧可やって来て尋ねます。
『私は今まで仏教や古今東西の色々な書物を学んでまいりましたが、どうしても私自身の不安を取り除く事が出来ず、未だ安心(アンジン)が得られていません。どうか私の為に安心を与えて下さい』と、つまり
「迷いの世界から私を救って下さい」と、ダルマさんにお願いしたのです。
 すると、壁に面(ムカ)って坐禅をしていたダルマさんは、振り返って若い慧可をジロッと睨(ニラ)み
『そうか!それなら、お前が言う「不安だというその心」を私の所へ持って来なさい。そうすればお前の為に安心を与えてやるぞ』と言われるのでした。
 それからというもの、慧可は真剣になって、ダルマさんの言われたその「不安の心」を探します。しかしいくら探しても、その「不安だという心そのもの」が見つかりません。そして頭脳明晰な彼は、元々無いものを自分が勝手に作り出して、自分が苦しんでいる事に気付くのです。
 早速ダルマさんの所へ戻った慧可は
『「不安の心」を探し求めたのですが、何処にも見当たりませんでした』と答えると、ダルマさんは透(ス)かさず『汝が為に、安心せしめおわんぬ』と、つまり
『「不安の心」がどこにも無いとわかったら、それが本当の安心じゃないか』と間髪を入れずに教導されるのでした。


 これは現在、都内で建設会社を経営している信者さんのお話しです。彼は小さい時に父親と死に別れ、母親の手ひとつで育てられます。母親の苦労をズッ〜と見てきた彼は『早くお母さんに楽をさせてあげたい』との思いで、高校を卒業するとすぐに就職し、苦労して小さい頃からの夢だった建設関係の小さな会社を設立しました。
 しかしこの不況の時代、あれほど順調だった仕事もグ〜ンと減って仕舞いました。本当は会社を畳んで休業したいのですが、今まで支えてくれた従業員や、彼らの家族の事を思うとそれも出来ません。注文を貰いにお得意さんを廻るのですが中々思い通りにいかず、本当に辛い思いをしていたようです。
 曾て私が彼の家を訊ねると、この「ダルマ凧」を床の間や鴨居に掛けるのではなく、長昌寺の玄関のように出入口の上に掛けているのです。彼がお得意さんを廻っても仕事が貰えず、落ち込んで帰って来ると、ギロッと睨(ニラ)んだこの「ダルマ凧」に、彼はいつも見守られ、励まされているというのです。それはこの凧のダルマさんが『お前、そう心配するな、大丈夫だ!』と彼を叱り、励まして呉れて、まるで小さい時に死に別れた親父のように思えてならないと言います。そして不思議な事に、


○このまま仕事が貰えなかったら
○従業員にお給料が支払えなかったら
○もし不渡手形を出してしまったら


等の不安も少し消えて、気が楽になるといいます。
もしかするとそれらの不安が的中し、本当に事実となるかもしれません。しかしそれらの心配事は、未だ事実とはなっていないのです。そんな不確かな事に我々はいつもおびえ、おののいているのです。そこでダルマさんが教えるように、そのような『不安』や『心配事』など今からクヨクヨ考えてもしょうがない事だと気が付いたのです。


 『心こそ 心を迷わす 心なれ 心に心 心を許すな』


と道歌にもあるように、我々の心はあっちへ行ったり、こっちへ行ったり、或いは不安に感じたり、安楽に思ったり、又暑いと思ったり、寒いと感じたりと、いつもコロコロと気まぐれで定まりなく、まるで秋の青空に浮ぶ雲のようで、我々にはどうする事も出来ません。
 そもそも心はコロコロと変化する事からココロと呼ばれるようになったと言います。そんな変化して止まない『心』に振り回されない生き方、そして行き詰まりのない人生を歩みなさいとダルマさんは我々に教えているのです。
 彼はこの「ダルマ凧」を自分の親父だと思って、会社の行き帰りには必ず『行ってきます』『ただいま』と挨拶を交わしているそうです。会社の状況は、それ程変わっていないけれど、この「ダルマ祈願凧」に支えられ、前向きに頑張る事が出来るんだと、話してくれました。


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