平成12年6月5日号
 お釈迦さまのお弟子に蓮華色比丘尼という名のとても美しい女性がおりました。彼女はお釈迦様のお弟子になる前までは、人間の不幸を独り占めにして来たような不運な境遇の人だったといいます。 その彼女が俗人だった時、人目を引こうと、色々な服装を身に着けて人々の前で踊って見せたのですが、誰も見向きもしてくれませんでした。


◆戯笑のために袈裟を著せる
 そこである時、酔っぱらった彼女はお坊さんのお袈裟を身に着けて戯れに人々の前で踊って見せました。すると人々から拍手喝采を受けて、すっかり人気ものになって仕舞いました。勿論お袈裟をそのような戯れの為に身に着けること等とんでもない事です。ところが彼女は、罪を受けることもなく、お袈裟に触れたという仏縁によって、次の生では迦葉仏という仏様のみもとでお弟子になる事が出来たのでした。しかし迦葉仏のお弟子にはなったものの、彼女の美貌が災いし、おごり、たかぶりの心が起き、真実の道をとうとう得る事が出来ませんでした。
 そして次の生において彼女は、大変裕福な長者の家の一人娘として生まれ、何不自由なく大切に育てられました。成人した彼女にはお似合いのお婿さんが迎え入れられました。しばらくすると夫婦はとても可愛らしい女の子にも恵まれ、人も羨むような幸せな生活をしていましたが、世の中、そんなに良い事ばかりは続きません。実の父親の急死によって、彼女の不幸は始まりました。そして残った実の母親と夫とによる不倫の裏切りや、生き別れになった実の娘からも思いもよらぬ裏切りを受け、彼女はこの世の辛酸を嘗め尽くしたのでした。
 皆さんはどうですか?今までに『何故自分だけがこんな目に逢うんだ』と、自分の不運を恨んだこと等ありませんか?
 そして彼女の場合はその後どうなったのでしょうか?


◆目蓮尊者の御説法(鷲津清静著『羅漢に聴け』参考)
 不幸のどん底に落ちてからというもの、彼女はすっかり投げやりになり乱れた暮らしに身をまかせていたのでした。
 ある時、彼女はお釈迦様の高弟である目蓮尊者にお逢いして、自分の辛い生い立ちをすべて話して仕舞ったのでした。彼女の話を静かに聞いていた目蓮尊者は『妹よ、いかなる辛い人生であろうとも、恨んではならぬ。嘆いてはならぬ。そなたの人生はそなた一人のものである、過ぎた事に心奪われ、一時の楽を求めても、楽が過ぎればそれ以上の苦を得ねばならぬ。妹よ、もう一度言う。そなたの人生はそなた一人のものである。悔いある人生にすることなかれ』とおだやかに話すのでした。
 もともと教養のあった彼女の事、いつしか目蓮尊者の前に膝まづき、声を限りに泣いていたのでした。そんな彼女をいたわるように目蓮尊者は再び『妹よ!』と呼び掛け『妹よ泣くではない、人生をやり直すのに遅いという事はない。逆境にあればこそ、先の人生を思うがよい』とやさしく諭すのでした。
 『私のような者でも人生をやり直す事が出来るのでしょうか?』
と尋ねると『心配しなくてもよい。仏様はどんな濁流でも、一度大海に入れば同一になるのだと教えています。』
『それでは是非私を仏様のお弟子にして下さい』
と懇願するのでした。それはすぐに聞き入れられ、彼女は目蓮尊者に連れられてお釈迦様に逢って、お弟子にさせて頂き、ついに真実の道を得る事が出来たのでした。その後、蓮華色比丘尼は、比丘尼(女性の仏弟子)の中で神通第一と呼ばれるほど、皆から尊敬され、比丘尼教団の中心を担う人になったといいます。


◆大乗最極の秘訣なり
 道元禅師は以上の蓮華色比丘尼の因縁話を踏まえながら本当に言いたかった事を次のようにお話しされるのでした。
『戯笑のために袈裟を著せる、なおこれ三生に得道す。いわんや無上菩提のために清淨の信心をおこして袈裟を著せん。その功徳、成就せざらめやは、いかにいわんや一生のあいだに受持したてまつり、頂戴したてまつらん功徳、まさに広大無量なるべし』
と、その意味は『戯れで、お袈裟を身に着けた因縁によって蓮華色は、三度生まれ変わってお釈迦様のみもとで真実の道を得る事が出来たと言います。ましてや我々が今、真実のため、清浄な信心をおこし、お袈裟を着け、頂戴しようとする時には、人間のチッチャなものさしでは、はかり知る事が出来ないほどの無量な功徳がある』というのです。
 続いて道元禅師は『在家の人天なれども袈裟を受持することは、大乗最極の秘訣なり』と教えられます。皆さんのような一般在家の人であっても、お袈裟を頂戴し、身に着ける事は、人間としての究極の生き方であるとまで言い切るのでした。
 日本でも聖徳太子をはじめたくさんの在家の人達がお袈裟を着けて来られました。皆さんも、お釈迦様より正しく伝えられた袈裟を、道元禅師のお示しに従い、自らの手で縫い、身に纏い、仏弟子としてこれからの人生を歩んでみませんか?男女に関係なく、興味のある人なら誰でも自由に参加が出来ます。お友達お誘いご参加下さい。 お袈裟を縫う会へ



◆あとがき◆
▼弁護士の大平光代さんの自叙伝でベストセラーにもなった『だからあなたも生きぬいて』(講談社)を読んだ。本のあらすじはこうだ。作者の大平光代さんは中学二年のときに、いじめを苦にして自殺を図るが、九死に一生を得て助かるが、その後彼女は非行に走り、16歳のとき極道の妻となる。背中に刺青まで入れるが、そこでも居場所がなく、ホステスとして働いていた時、父親の知り合いで、後に彼女の養父となる大平浩三郎さんと出会って、彼女は立ち直る。そして中学卒業という学歴を乗り越えて『宅建』『司法書士』と次々と合格し、29歳で、難関中の難関と言わている『司法試験』に一発で合格するという波乱に満ちた彼女の半生を書いたものです。現在彼女は非行少年の更生に務める弁護士として、東奔西走する毎日だといいます。
 彼女のすさんだ生き方に対して、後に養父になる、大平浩三郎さんの『確かに、あんたが道を踏み外したのは、あんただけのせいやないと思う。親も周囲も悪かったろう。でもな、いつまでも立ち直ろうとしないのはあんたのせいやで、甘えるな!』という諫言に、彼女は『落雷にあったように体じゅうに電気が走った。やっと、私と真剣に向き合ってくれる人と会えた…、私はこのとき、生まれて初めて叱られたような気がした』と、本の中で述べています。
 道元禅師の教えに『愛語よく廻天のちからあることを学すべきなり』というのがあります。慈愛に満ちた相手への言葉には、その人の人生を根底から変えて仕舞う程の力があるというです。養父のこの一言こそ、道元禅師の教える『愛語』の生きた見本でありましょう。そして又、養父の期待に見事に応えた大平さんも、素晴らしい生き方をされました。久しぶりに感動させられ、一気に読んで仕舞いました。皆さんにも是非お薦めしたい一冊です。

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